No.25_アイロボットジャパン合同会社 山田 毅さん

 今回お話を伺ったのは、アイロボットジャパン合同会社 執行役員でマーケティング本部長を担当されている山田毅さん。
日本では珍しかったロボット掃除機をどのようにして普及させていったのか、米国本社とのやり取りから日本独自の施策まで幅広くお話を伺いました。


山田 毅さん
アイロボットジャパン合同会社 執行役員 
マーケティング本部長 兼 新規事業開発室長


2001年松下電器産業(現・パナソニック)へ入社。
デジタルカメラ「LUMIX」の営業・マーケティングに従事。2014年にソフトバンクモバイル(現・ソフトバンク)入社。人型ロボット「Pepper」やiPhoneのマーケティングコミュニケーションを担当する。2015年にiRobot Corporation入社し、2017年、アイロボットジャパン設立にともないマーケティング部長に就任。日本国内におけるiRobotのマーケティング戦略を担うほか、2020年10月からは新規事業領域の統括にも従事している。


日本独自のマーケティングが必要だった理由

――2015年にアイロボットへ入社してから、どのような仕事に携わってこられましたか?

 当初は米国のiRobot Corporationの社員として日本に駐在し、国内の販売代理店の管理を担当していました。2017年にアイロボットジャパンを設立することになったので、そのタイミングでマーケティングの仕事に専念することになりました。現在はマーケティング本部長として国内やアジアパシフィック地域のマーケティングを主導するとともに、新規事業開発という責務も担っています。

日本独自のマーケティングをスタートしたのは、2017年以降のことですね。

――なぜ、グローバルの方針とは異なる、日本独自のマーケティングが必要だったのでしょうか?

日本国内と欧米とではロボット掃除機の市場状況がかなり違っていたからです。2017年当時の日本では「ルンバ」の保有率が4%程度という状況。一方、いち早く市場が立ち上がった欧米では、日本よりもずっと普及が進んでいました。

――日本でロボット掃除機の普及が遅れていた理由は何だったのでしょうか?

日本独自の地域的な特性もあったと思います。日本人というのは慎重な民族ですから、新しい技術に対しての許容がやや遅い。たとえばガラケーからスマートフォンへの切り替えも、諸外国と比べて日本はゆっくりでした。同じように、ロボット掃除機という新しいテクノロジーを取り入れるのに時間がかかっていました。

――日本市場におけるマーケティング課題は、どのような点にありましたか?

課題は大きく三つありました。

一つ目が製品の価格です。二つ目は「ロボット掃除機が本当にちゃんと掃除できるかどうかわからない」という、製品に対する理解の低さ。そして三つ目は「自分で掃除をしたい」という日本独特の文化です。掃除に限らず、我々日本人は家事をアウトソースすることに慣れていません。そういう背景もあって、日本の人たちは、ロボット掃除機の機能に対する疑問を強く持っている、ということがわかってきました。

――「ルンバ」のグローバルマーケティングは、そうした日本特有の事情に合っていなかった、と。

グローバルのマーケティング施策は、主に機能をどんどん訴求していく内容でした。たとえば「吸引力が上がりました」といった情報を伝えれば、お客様が理解してくれるという前提でつくられていたんですね。でも、日本の市場では「そもそもロボット掃除機が使えるかどうかわからない」という疑問を解消していく必要がありました。

米国本社を説得し、「どうなの?ルンバ」キャンペーンに成功

――「ロボット掃除機が便利に使える」ことを日本人に伝えるため、具体的にどのようなマーケティング戦略をとられたのでしょうか。

我々メーカーがどれだけ「ロボット掃除機は便利ですよ」と言っても、お客様はなかなか信用してくれませんよね。そこで私たちは「どうなの?ルンバ」キャンペーンと銘打って、ユーザーレビューを使ったマーケティングを始めました。たとえば乳幼児が安心して床をハイハイできるようになったとか、たくさん家族がいても床に髪の毛が残らなくなったとかいう感想を紹介する。これが日本オリジナルのマーケティング施策第一弾となります。

――「どうなの?ルンバ」キャンペーンの成果はいかがでしたか?

当時発売された新製品の広告と一緒にキャンペーンを実施した結果、セールスは大成功を収めました。米国本社からも「やはり、日本独特の訴求が必要だ」という理解を得ることができ、その後は独自マーケティングを加速していくことができましたね。

――日本独自のマーケティング戦略を実施するにあたって、米国本社を説得されたと伺いました。どのようにして「どうなの?ルンバ」を実現されたのでしょうか。

米国本社を説得する上で一番重要なものは、「証拠」でした。リサーチに基づく客観的なデータを示したうえで、日本と海外のユーザーのギャップを埋めなければいけないと説得することが重要だったんです。お客様のインサイトをしっかり理解してもらい、ディスカッションを経て、具体的な施策に入っていく。それをしっかりやることによって、お互いが納得してマーケティングを進められたのではと思います。

――米国本社を説得する上で、特に大変だったのはどんなことでしたか?

日本人ならではの特徴を理解してもらうことに、特に苦心しました。たとえばなぜ日本の人たちが掃除好きなのかを理解してもらうために、子どもたちが放課後に教室の雑巾がけをする画像で理解を得ようとしました。そういう文化があるからこそ、床の綺麗さや掃除の仕方にこだわりがあり、掃除機に求める品質も欧米とは違うんだということを理解してもらいました。

――そこまで粘り強く米国本社を説得し続けることができた原動力は、いったい何だったのでしょうか?

アイロボットのミッションは「Empower people to do more」。つまり我々の製品を通じて人々の生活を豊かにしていくことです。ところが、ロボット掃除機の良さに気づいていない方が日本にはまだたくさんいらっしゃる。「彼らにロボット掃除機の良さを伝えたい」という熱意が、私の原動力になっているのだと思います。

動画シリーズ「そろそろ、ルンバ?」も好調

――御社では2022年から日本独自のユニークな動画広告も展開しましたね。これはどのような経緯でスタートしたのですか?

2022年に「ルンバ j7」という新機種が発売されました。「ルンバ」の正面にカメラセンサーがついたことで、障害物を回避できるようになったモデルです。この宣伝に向けて、初めてテレビCMを日本でつくることになりました。「究める者は、見ている。」と題したこのシリーズでは、華道や剣道の達人が自分の仕事に集中している傍らでルンバが稼働しているところを映しています。当時の「ルンバ」は欧米向けの製品というイメージが強かったので、映像に日本のテイストを持ち込み、日本の住居環境でも役に立つんだということを強調しました。

――とてもスタイリッシュな映像が印象的ですね。

おかげさまでこれが非常に好評だったので、続いて「そろそろ、ルンバ?」という動画シリーズも制作しました。この時期には日本のお客様にも「ロボット掃除機はかなり使える」という認識が広がっていて、「ルンバ」の普及率は7~8%まで伸びていました。我々は、ロボット掃除機がどのようなときに、どのような生活価値をもたらすのかを伝える必要があると思い、お客様のインサイトを改めてリサーチしていきました。すると、購買のタイミングがわかりやすくパターン化されてきたのです。

――どのようなパターンですか?

結婚されたタイミング、お子様が生まれたタイミング、それから引っ越しをしたタイミング。こういった、ライフステージが変わるタイミングで「ルンバ」を買われていることがわかってきた。つまり、今までと違う日常生活がやってきたときに、ロボット掃除機があると非常に助かるんです。それにまだ気づいていないお客様に対して、ライフステージに合わせた提案をしたいと考え「そろそろ、ルンバ?」をつくりました。動画では子育て中の共働き家庭や、ペットを飼っている家庭で「ルンバ」が稼働している様子を映しています。犬や猫は毛が抜けやすいので、常時床を綺麗にしておくには「ルンバ」が便利なんですよ。

――「そろそろ、ルンバ?」という素敵なキャッチコピーは、どのように考案されたのですか?

当社のマーケティングコミュニケーション部のマネージャーが、代理店との打合せに向けてクリエイティブブリーフをつくったのですが、その中に「そろそろルンバがあってもいいんじゃないか」という一文があったんですね。それを見た代理店担当者が「これを使いましょう」と採用し、「そろそろ、ルンバ?」というコピーが生まれました。

――顧客の素直な気持ちをそのまま表現したわけですね。「そろそろ、ルンバ?」のキャンペーン動画の成果はいかがでしたか?

グローバルの動画と比べて、圧倒的に高い効果が見られました。我々は、クリエイティブに対してどれだけの認知率や理解度があったかを毎回詳しく調査しており、日本人向けにつくった動画の成果は明らかです。2022年にスタートした「そろそろ、ルンバ?」は現在(2024年2月現在)も継続しており、「ルンバ」の国内普及率は2023年12月末時点で10%、シェアは70%となっています。

――動画広告を開始してわずか2年程度で、普及率が大幅にアップしていますね。

マーケティングの両輪は「サイエンス&アート」

――アイロボットジャパンでは統一されたマーケティング戦略を持っていらっしゃると伺いました。どのようなものですか?

我々は目指すべきマーケティング戦略を「サイエンス&アート」と呼んでいます。

マーケティングというのは、まずはサイエンスだと思うのです。データで物事を語り、しっかり調査・検証して、「こういうことをしたらこういう結果が出る」という再現性がなければいけないんですね。思い付きやアイディアも重要なのですが、その前に事実をしっかりとらえなければいけない。例えるなら、治験を繰り返してから市販薬を販売するようなものです。でも、サイエンスばかりやっていると人の心に響かなくなってしまうので、今度は「マーケティング・アズ・アート」ということで、心に響く表現をやっていきましょう、と。私はこの両輪がマーケティングをつくると考えています。

――今後のマーケティング戦略については、どのようにお考えですか?

我々はすでにどのようなターゲットセグメントがあるかを把握していますし、それぞれにどのようなボリュームでコミュニケートしていけば購買意欲を高められるかがわかっています。さらに、どのタイミングでお客様が「ルンバ」を買いたいかもわかってきました。「セグメント×メッセージ×ライフステージ」のコンビネーションを駆使し、お客様にしっかり製品の魅力を理解していただけるようなマーケティング戦略を推進したいですね。

――最後に、マーケティング戦略に悩むマーケターに向けて、山田様からアドバイスをお願いします。

私は、マーケティングというのはビジネスの中心だと思っています。宣伝・広告をするだけではなくて、ビジネスの課題を解決するのがマーケティングである、と。今、マーケティングに悩んでいる方は、まずは何がビジネス課題なのかをはっきりさせて、マーケティングで解決できることが何なのかを考えてみてはいかがでしょうか。それができたら、答えは必ずお客様の中にあると信じて、お客様のインサイトをしっかり捉えること。施策やクリエイティブ自体を目的にせず、あくまで課題を解決するためにマーケティングに取り組めば、必ず答えは見つかるんじゃないかと思います。



● 編集後記
 インタビューを通して特に印象的だったのは、山田様が「顧客のインサイト」を一貫して大切にされていたことでした。顧客目線はマーケティングの基本ですが、ともすれば組織やビジネスの制約の中で見落とされがちなもの。「日本の顧客に良質なロボット掃除機を広めたい」という山田様のゆるぎない理念が数々のヒット施策を生み出し、「ルンバ」の成功につながったのだと、改めて納得させられる取材でした。

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