No.24_株式会社ニューバランスジャパン 鈴木 健さん

 『インタビュー企画』第24回目にお話しを伺ったのは、株式会社ニューバランスジャパンでマーケティングを担当されている鈴木 健さん。
大量のコンテンツが溢れている今、「長期的なコンテンツを軸としたブランディング」を実践されています。

企業の「資産」にもなるというキーコンテンツとはどのようにしてできるのか。
リニューアル第1弾となる今回にふさわしく、豊富な事例をもとに語っていただきました。


鈴木 健(すずき たけし)さん
株式会社ニューバランスジャパン マーケティング部 ディレクター


1991年に広告代理店の営業からキャリアをスタートし、2002年に株式会社ナイキジャパンへ入社。ナイキゴルフの広告、Web、PRを担当。
2009年にニューバランスジャパンへ入社。ブランドマネジメント、PR、広告などマーケティング全般に幅広く携わる。




長期的に使えるコンテンツは、企業の貴重な「資産」

――鈴木さんは広告代理店、ナイキジャパンを経て、2009年からニューバランスジャパンで活躍されています。現在の主な仕事内容を教えていただけますか?

 現在はマーケティング部のディレクターとして、ブランドマネジメントを中心に取り組んでいます。ニューバランスではマスメディアやSNSなど幅広いメディアを駆使したプロモーションを展開していますが、その全体を統括して方向性を定めていくことが私の役割です。

――現代のマーケティングにおいては、動画をはじめとしたコンテンツの発信が重視されています。鈴木さんはコンテンツの活用について、どのようなポリシーをお持ちでしょうか。

広い意味でのコンテンツは昔からプロモーションの中心にありましたが、動画に対する姿勢はかなり変わったと感じます。テレビCMがメインだった時代、動画の制作・発信には多大なコストがかかっていたため、十分な戦略設計とフィルタリングを経たコンテンツだけがリリースされていました。一方、現在は誰でも簡単に動画をつくれる時代になりました。十分な戦略設計や効果測定がなされないまま、大量の動画が氾濫しているように思います。

私もかつて広告代理店にいたからよくわかるのですが、代理店のマーケティング担当者は日々大量のコンテンツに接しているせいで飽きてしまい、つい新しいものをつくりたくなってしまう。しかし、実際にはかえって情報が煩雑化し、もともとブランドとして発信したかったことが伝わりにくくなっています。むしろ軸となる一つのコンテンツを長期的に使い続けた方が効果的なのではないか、というのが私の考えです。

――長期的に使えるコンテンツに必要な条件とは、どのようなものでしょうか。

まずは、「見ている人たちに企業名・ブランド名と、商品が属するカテゴリーを記憶してもらう」ことが重要です。マーケターはよく「認知」という言葉を使いますが、実は認知にも幅広い意味があります。消費者に企業名だけ覚えてもらってもあまり意味がありません。一方、消費者の中でブランド名とカテゴリーが結びついていれば、ある状況でブランド名を思い出してもらえるので、購買につながりやすいのです。

例えばファーストフードチェーンであるM社はもともと企業名だけで呼ばれていたわけではありません。創業当初はファーストフード店であることを消費者に記憶してもらう必要がありました。だから「ハンバーガーと企業名をセットで消費者に覚えてもらうこと」が不可欠だったわけです。一度「M社=ハンバーガーの店」という結びつきが定着すれば、ハンバーガーを食べたいと思ったときにM社のことを思い出してもらえるようになります。今では創業期から使われているロゴのゴールデンアーチも、M社の「長期的なコンテンツ」として確立されています。

同じことはコーヒーショップのS社にもいえます。現在のアイコンは女神のイラストだけという非常にシンプルなものですが、無名のころのビジュアルには必ず企業名と『コーヒー』がセットで書いてありました。その積み重ねがあったからこそ、女神のアイコンという「長期的なコンテンツ」が力を発揮するようになったわけです。飲料メーカーのC社やスポーツブランドのN社のロゴも同様です。これらのブランド名やアイコンは、それ自体が強力なプロモーション力を持つ、貴重な企業の資産ともいえるでしょう。

重要なのはベネフィットより「ブランド名とカテゴリー」の結びつき

――ブランド名やロゴマーク以外では、どのような「長期的に使えるコンテンツ」がありますか?

 数え上げればいくらでもあります。例えばコンビニエンスストアのF社に入店したときに流れる特徴的なメロディーは日本中に浸透していますが、これも一種の長期的コンテンツといえます。

――さまざまなかたちの長期的コンテンツがあるわけですね。これらの成功例に共通するものはなんでしょうか。

一つは、消費者への認知度が意外に計測しにくいということ。例えば「コンビニエンスストアのF社の入店音がどれだけの人に知られているか」を正確に調べるのは難しいけれど、確かに効果がある。そしてもう一つは、必ずしもベネフィット(消費者に提供するメリット)に結びついていないということ。重要なのはあくまで「ブランドとカテゴリーの結びつき」なのです。

例えばピアノ買取サービスのテレビCMは何十年も前から同じものを放映していて、日本人なら誰でも知っている。でも、よく見るとベネフィットについては何も語っていません。あれはダイレクトマーケティングではなく、中古ピアノ売買=その企業というカテゴライズを記憶してもらうためのCMであるわけですね。ピアノを売る機会は多いものではありませんから、同じコンテンツを使い続けても飽きられることがないのです。

――しかし、新商品がハイペースでリリースされる商品の場合は少し事情が違うのではないでしょうか。

スマートフォンの場合、さすがに古い機種のプロモーション動画を毎年使うわけにはいきません。しかし、実はA社もただシンプルに最新のスマートフォンを見せているだけで、ベネフィットについてはほとんど語っていません。ブランド資産を活かし、スマートフォン=A社の結びつきだけを伝えているのです。

――鈴木さんは、長期的なコンテンツを軸としたマーケティング手法を広告代理店時代から実践されていたのですか?

いえ、代理店時代の私は短期的な効果測定にこだわりすぎていて、長期的なコンテンツを育てる余裕がありませんでした。しかし今にして思えば、あるコンテンツのレスポンスが悪かったとしても、コンテンツの質が悪いとは限りません。コンテンツを変えるより、新しいターゲットにリーチすることを考えた方がいいわけです。ナイキやニューバランスで働くようになって、ようやく長期的なコンテンツに取り組めるようになってきたと感じます。

ニューバランスの「We Got Now」プロモーションの戦略的意義

――コンテンツのあり方は、現時点でどれだけ「ブランドとカテゴリーの結びつき」が認知されているかによっても異なる、ともいえそうですね。

 その通りです。認知度が十分ではないブランドが、トップブランドの真似をしても意味がありません。第一に「自分たちがどのカテゴリーに属しているか」を知ってもらうこと。そして次の段階では「商品を使ってもらう文脈や状況を伝える」ことが大切です。

例えばニューバランスはもともとスポーツブランドでしたが、スポーツ以外のさまざまな状況でも着用できることを伝え、ファッションアイテムとして選ばれる機会を増やしてきました。ただし、ほかのブランドとの差別化を図るあまり、「スポーツ以外の場で着用できる」ことばかり強調すると、今度はスポーツの分野で選ばれなくなってしまう。基本的には差別化にこだわらず、大きなマーケットを狙っていくのが良いと考えています。

――しかしそうすると、競合他社とメッセージが似てしまうのではないでしょうか。

そこで、ブランドが持っている独自の資産が差別化のポイントになるのです。例えばロゴマークもそうですし、スポーツブランドの場合は「選手」も強力なコンテンツです。ニューバランスは2023年に大谷翔平選手と専属契約を結んでおり、「大谷選手=ニューバランス」というイメージは強力な資産といえます。

――アスリートをフィーチャーしたプロモーションとして、ニューバランスは2020年より「We Got Now」をグローバルで展開しています。大谷翔平選手を筆頭に、有名アスリートがニューバランス製品を着用しているスタイリッシュな映像が印象的ですね。

実はあれも、突き詰めれば「ニューバランスがどのカテゴリーに属しているか」を伝えるコンテンツなのです。特に日本ではニューバランス=スニーカーのイメージが強く、スポーツの分野では少し弱い。そこで改めてスポーツカテゴリーにおけるブランドイメージを定着させるため「We Got Now」が始まりました。

動画をプロモーションの軸とした理由は、現代のデジタル社会においては映像が持つアテンション力が非常に強いこと。スポーツ分野の新しい顧客層に向けたクリエイティブなので、余分なメッセージ性を排し、音楽を主体とした楽しい映像を目指しました。

文脈に適した動画コンテンツを選択すべし

――一般に、動画コンテンツを展開する上ではどのような点に注意すべきだとお考えですか?

 現在は誰でも動画をつくれる時代になり、ユーチューバーやインフルエンサーの動画にも高い価値が認められています。一方で、サブスクリクションモデルの動画配信サービスのようなハイクオリティな映像もニーズが高い。重要なのは視聴者がどのような場面で見るのかという文脈に合わせ、ベストなタイプの動画を選ぶことです。

例えばスポーツのシーンを見る人や、大画面で映像を見る人はハイクオリティな映像を求めます。しかし、単に早く情報を得たい人にとっては、ユーチューバーのように話して情報を伝える映像が望ましいのです。

――「We Got now」の日本展開において、鈴木さんがどのような点に尽力されたのか、教えていただけますか。

コンテンツの内容についていうと、初期の映像にあった英語のナレーションをなくしたり、大谷選手をはじめ日本人が共感しやすいアスリートの映像をメインに採用したりしました。運用手法についていうと、休止期間をなるべく作らず、継続的に配信を続けることに注力。もちろん、新しいターゲット層に向けてリーチするためのマーケティング戦略にも尽力しています。ありがたいことに、「We Got Now」をスタートしてからの約3年で、ニューバランスの自然検索数は世界的に上昇しています。

――素晴らしい成果ですね。最後に、「長期コンテンツ」をつくるにあたって、マーケティング担当者へのアドバイスをお願いします。

マーケターは短期的な売上の変化に追われがちなものです。しかし、消費者とのコミュニケーションは長期的に蓄積されるものであり、それは可視化することが非常に難しい。コンテンツの効果が見えなかったからといって、すぐに新しいものをつくるのは良くありません。「パッケージを変更しすぎてはいけない」とは消費財の世界でよくいわれるマーケティングセオリーで、いくら新パッケージが優れたデザインであっても、消費者に忘れられてしまえば売上が落ちてしまう。同じように、長期的なコンテンツを育てるためには、ちょっと我慢をしながら、長い目でマーケティングを展開することが大切だと思います。


● 編集後記
 インタビューの中で印象に残ったのは、「私自身、広告代理店時代から長期的コンテンツに憧れを持ちながら、何度も失敗を繰り返してきました」という鈴木さんの言葉。試行錯誤を繰り返した末の持論だからこそ、強い説得力がありました。

現在ニューバランスではスニーカー以外のアパレル製品も幅広く展開しており(鈴木様着用のジャケットとパンツもすべてニューバランス製品!)、新たな顧客獲得に向けたマーケティングに取り組んでいるといいます。今後の展開にも目が離せません。

関連記事

TOP